腎がんなんて俺の人生に何の関係もないと思っていた

平成30年に腎がん(腎臓がん・腎細胞癌)が発覚してから、僕の治療と生活と仕事の記録

再発

手術後3ヶ月検査で、手術跡の組織に、2センチほどの小さな、しかし異常な変化が見つかっていた。その時点では何とも言えず、単なる術後変化かもしれないし、再発かもしれない。その経過を見るために、さらに3ヶ月経った6月下旬、再びCT検査を受けた。

CTを6月20日に撮影し、一週間後の27日木曜日、結果を聞きにE先生受診。実はこの時、3月末と同じく、異動の時期と重なっていた。異動予定は7月1日!しかも今度は昇任を伴い、おそらく勤務地や仕事内容もがらりと変わる可能性が高い。病気のことと仕事のことが重なり、表面上は冷静を保ってはいたものの、気持ち的には非常に落ち着かない毎日だった。

今回は、若干の嫌な予感もあり、妻にも一緒に来てもらった。当然、悪い結果も想定しなければいけない。もし悪い結果なら、落ち着いて話を聞いて、今後のことを考えなければいけない。僕は比較的冷静な方だと思っているが、当事者として話を聞いたときに、全く話が頭に入って来ないんじゃないか。そんな時、妻は頼りになる。

 

「CT検査の結果ですが、再発しています。非常に残念ですが。」

E先生が言った。まさか。いや、やっぱり。やっぱりという方が、気持ち的には強かった。病理検査で浸潤がわかった時からの嫌な流れだったのだ。だから、大きなショックではあったがそこまでパニックになるようなことはなく、医師の説明を冷静に聞くことは、できた。

具体的には、前回小さな異常が見られた箇所、左腎臓を切除したから本来何もないはずの手術跡の組織に、ぶどうの房のように広がって、8センチほどの腫瘍が写っている。さらにその横にも、2センチほどの同様の塊がある。正直、素人目にはパッと見ても何なのかわからないのだが、これが癌だ、腫瘍だと言われれば、確かにそう思えるような、異常な塊ではあった。

つか、大きくなるの早くね!?
腎がんって、進行遅いんじゃなかったでしたっけ?と聞いたら、再発中・転移すると、もとの癌の性質とは変わることはよくある、とのこと。そうなのか。奥が深い。

とにかく再発である。

このまま放っておけば当然命に関わる。まだ若いし、治療することを勧めます、とE先生。そりゃそうだ。もちろん治療するよ。死にたくないもの。E先生から示された治療方法は二つ。

  1. 「分子標的薬」を使った薬物療法(ヴォトリエントまたはスーテント)
  2. 「免疫チェックポイント阻害剤」の使った薬物療法(免疫療法、オプジーボとヤーボイの併用療法)

基本的に、腎がんにはいわゆる通常の「抗がん剤」は効かない。そして放射線治療も効果がない。さらに、今回の僕のケースだと、組織に入り込みながら腫瘍ができている状態なので切除も難しい(切っても他の部分にがん細胞が残り、取り切れない可能性が大きいということ)。この場合、上に挙げた二つの薬物療法のどちらか、となるそうだ。

「分子標的薬」とは抗がん剤の一種ではあるが、従来の抗がん剤が正常な細胞も含めて攻撃してしまうのに対し、分子レベルでがん細胞を個別に標的として識別して攻撃するというもの。比較的新しい薬で、腎がんに使える、つまり保険適用されているものが6種類ほど(うろ覚え)あるらしい。副作用は、ピンポイントでがん細胞を標的にするという特性上従来の抗がん剤に比べれば軽いと言われていたが、実際にはいろいろあるとのことだ。

「免疫チェックポイント阻害剤」は最新の薬で、有名なところでは昨年、京都大の本庶佑医師がノーベル賞を受賞したことが記憶に新しい。商品名でいうところの「オプジーボ」である。こちらは、僕の理解の範囲で簡単に言うと、まず、人間の免疫システムとは、

  • 人間には、病気などから身を守るために「免疫システム」がある
  • 本来であれば「免疫システム」によってがん細胞を倒せるはず
  • だが、がん細胞は、人間の免疫システムにブレーキ(=免疫チェックポイント)をかけて抑制してしまうという機能を持っており、そのために、「がん」は、人間の免疫システムでは治らない(だから、手術・放射線抗がん剤などで治療する必要がある)

ということだそう。そしてこの状況で、

  • 免疫チェックポイント阻害剤は、そのがん細胞によるブレーキ=「免疫チェックポイント」を外すことができる
  • 結果、人間が本来持っている「免疫システム」ががん細胞に対しても働くようになり、がん細胞を攻撃するようになる
  • すなわち、免疫システムが「がん細胞」を倒せるようになる

というもの。これが「免疫チェックポイント阻害剤」の働きである。

いや、これは凄い。薬の働きも凄いが、免疫システムの働き、そしてそれに対するがん細胞の働き。よくこんなもの見つけたな…どういう研究を重ねて、ここに辿り着いたのか。比喩じゃなくて、感動してしまった。人間の体の凄さと、それを探求する人間の飽くなき向上心。

横道にそれたが、何はともあれこの二つから治療方法を選ばなくてはならない。E先生は、どちらを強く勧めるでもなかったが、効果としては、免疫療法が効くようだと。4割程度の人に効き目が出ている。単純に効くかどうかということでは、免疫チェックポイント阻害剤は分子標的薬よりも効果が期待できる薬ということ。

なお、この免疫チェックポイント阻害剤は、腎がんの再発や転移なら誰にでも使えるわけではなく、条件が決まっている。腎がんの再発・転移については「リスク分類」というものが定められていて「低・中・高」とあるのだが、この中で「中・高」でないと、免疫チェックポイント阻害剤は使用できない。「再発・転移で、かつリスクが中以上」つまりそれなりに進んだ、重い状態に使う薬ということ…

リスクを決めるにはいくつかのチェック項目があり、それにいくつ該当するかで決まってくる(MSKCC分類またはIMDC分類)。例えばMSKCC分類なら、

  1. 全身状態のスコア(KPS)が80%未満
  2. 血清LDH値が正常上限の1.5倍超
  3. 血清Hb(ヘモグロビン)値が正常下限値未満
  4. 補正血清カルシウム値が正常上限値を超える
  5. 腎がんの診断から治療開始までの期間が1年未満

このうち一つも当てはまらなければ低リスク、1個または2個なら中リスク、3個以上なら高リスクとなる。僕の場合は何の自覚症状もなく、血液検査でも異常値は見られていないのだが、再発までの期間が半年程度と短いので、最後の5に当てはまり、結果「中リスク」ということで、免疫チェックポイント阻害剤が利用可能であった。選択肢が広がり、より効果の期待できる薬が使えるというのは良いことなのだが、それは自分のリスクが高い=状況が悪いから…というのは非常に複雑な気分である。

また、免疫チェックポイント阻害剤の方は、1割以下と低いものの、副作用が出た場合に重篤な症状となる場合があるとのこと。免疫を活性化させる薬なので、自己免疫疾患すなわち自分の体を攻撃してしまうような症状として副作用が現れてくる。重篤なものでは間質性肺炎、大腸炎、リウマチといったもの。それ以外にもいろいろあるが、症状が出たらすぐに対処が必要となる。特に高齢者の場合は間質性肺炎などのリスクは高くなるそうだ。間質性肺炎では死亡例もある。一方、分子標的薬に副作用がないわけではもちろんなく、こちらもそれなりの副作用が発生するということなのだが。

さらに、免疫療法については、そもそも最新の治療方法である上、オプジーボとヤーボイの併用療法については腎がんへ適用拡大されたのが昨年8月。つまりまだ治療実績として非常に少ないということだ。さいたま市立病院で、腎がんでこの治療を行った実績はまだ一人か二人しかいないらしい。

こういった諸々のことから、医師としてはどちらかを強く勧めるというわけでもなく。ただ効き目と、僕の年齢・体力的な点からは免疫チェックポイント阻害剤か…しかし副作用のリスクは拭えない。

E先生としては、なるべく早く治療開始した方が良いが、一、ニ週間程度でどうというものではないから、すぐに決める必要はないので、一度持ち帰ってよく検討してみてくれ、とのこと。セカンドオピニオンを受けても良いし、場合によっては(治療実績のある)他の病院に移るということも有りだろうとまで言ってくれた。とにかく、僕の納得のいく形で治療をするべきだ、と。妻と僕も、同じくよく考えようということで、一度辞することにした。

診察室を出て、妻と歩きながらいろいろ考えた。今自覚できる症状は何もないし、手術をしてからの数カ月間、ご飯は美味しいし酒も美味い、むしろ体調は良いくらいだ。でも再発してるんだ…ちょっと信じがたい気持ちの一方で、浸潤がわかってからの嫌な予感はずっと持っていた。再発か…本当に俺、死んじゃうかもな。